【実践】新規事業における代替品・補完品分析:隠れた市場機会と顧客ニーズの発見
新規事業における市場機会発見の難しさと新たな視点
新規事業を企画・推進される担当者の皆様は、常に新しい市場や顧客層の開拓という課題に直面されていることと思います。長年のビジネス経験をお持ちであっても、未知の領域における市場のポテンシャルや顧客の真のニーズを正確に把握することは容易ではありません。既存の市場分類や競合の定義だけでは捉えきれない潜在的な機会が存在することも多く、不確実性の高い環境下での戦略立案には、より多角的な視点からのアプローチが求められます。
本記事では、新規事業における市場機会の発見と顧客ニーズの深掘りに有効な分析手法として、「代替品・補完品分析」に焦点を当てて解説します。この分析は、従来の業界構造にとらわれず、顧客がその課題を解決するためにどのような選択肢(代替品)を利用しているか、また、製品やサービスの利用価値を高めるためにどのような要素(補完品)を必要としているかを体系的に分析するものです。これにより、これまで見えにくかった隠れた市場機会や、顧客の言葉にならないニーズを発見する示唆を得ることができます。
代替品・補完品分析の概要とその目的
代替品・補完品分析は、マイケル・ポーターのファイブフォース分析における「代替品の脅威」を発展させ、さらに補完品の視点を加えたフレームワークとして捉えることができます。
代替品(Substitutes)とは
顧客が現在利用している製品やサービスと同じ機能や価値を、異なる方法や技術で実現するものを指します。例えば、移動手段としての「自動車」に対する代替品は、「電車」「バス」「自転車」といった直接的なものだけでなく、「ビデオ会議システム」(移動の必要性をなくす)や「宅配サービス」(自分で買いに行く代替)なども含まれ得ます。重要なのは、表面的な製品カテゴリではなく、顧客が解決したい「ジョブ」(Job to Be Done)や充足したい「ニーズ」に対して、他にどのような選択肢があるかという視点です。
補完品(Complements)とは
特定の製品やサービスの価値を向上させるために、一緒に利用される製品やサービスを指します。例えば、スマートフォンの補完品には「充電器」「イヤホン」といった物理的なものから、「アプリケーション」「クラウドサービス」「通信回線」といったサービスも含まれます。補完品は、単体では価値が限定的であっても、主製品と組み合わせることで顧客体験を劇的に向上させ、主製品の選択を促進する力を持っています。
分析の目的
新規事業における代替品・補完品分析の主な目的は以下の通りです。
- 隠れた市場機会の発見: 既存の競合とは異なる代替品市場に潜在する顧客ニーズや、補完品市場における新たなビジネス機会を発見します。
- 顧客ニーズの深掘り: 顧客が「なぜ代替品を利用するのか」「どのような補完品を求めているのか」を理解することで、表層的なニーズのさらに奥にある本質的な課題や満たされていない要望を把握します。
- 競合の定義の拡大: 直接的な競合だけでなく、顧客の代替的な選択肢を提供しているあらゆるプレイヤーを競合として認識し、競争環境をより広く捉えます。
- 自社提供価値の再定義: 顧客の代替品利用動機や補完品への要望を踏まえ、自社が提供すべき独自の価値や差別化ポイントを明確にします。
代替品・補完品分析の基本的な進め方
代替品・補完品分析は、以下のステップで進めることができます。
- 分析対象となる顧客の「ジョブ」または「ニーズ」を定義する: どのような顧客の、どのような課題解決や願望充足に焦点を当てるのかを明確にします。新規事業のコンセプトやアイデアに基づき、仮説として設定します。
- 代替品をリストアップし、分析する:
- 定義したジョブやニーズに対し、顧客が現在利用している、あるいは利用しうるあらゆる選択肢を洗い出します。これは、既存の競合製品・サービスだけでなく、全く異なる業界のソリューションや、顧客自身による工夫なども含みます。
- 洗い出した代替品について、「なぜ顧客はそれを選ぶのか」「その代替品が提供する価値は何か」「どのようなメリット・デメリットがあるのか」「満たされていないニーズは何か」といった点を詳細に分析します。価格、利便性、性能、ブランド、感情的な側面など、顧客の選択基準となりうる多様な要素を考慮します。
- 補完品をリストアップし、分析する:
- 分析対象とする製品やサービス(新規事業で提供を検討しているもの、あるいは既存のものでも良い)が、より価値を高めるために一緒に必要とされる補完品を洗い出します。顧客の利用シーンを具体的に想像することが有効です。
- 洗い出した補完品について、「なぜその補完品が必要なのか」「補完品が存在することで、製品・サービスの価値はどのように高まるのか」「どのような補完品があれば、顧客体験はさらに向上するのか」といった点を分析します。補完品自体が新たなビジネス機会となりうるかどうかも検討します。
- 代替品と補完品の関係性を分析する:
- 洗い出した代替品と補完品の関係性を整理します。ある製品の代替品が、別の製品の補完品となっている場合など、複雑な関係性が見えてくることがあります。
- 代替品と補完品の進化やトレンドを分析し、将来的な市場の変化を予測します。技術の進歩や社会の変化が、新たな代替品や補完品を生み出す可能性もあります。
- 新規事業戦略への示唆を抽出する:
- 分析結果から、顧客が現在代替品で満たしているニーズの中で、まだ十分に解決されていないペインポイントや、新たな補完品を提供することで生まれる市場機会を特定します。
- 自社のケイパビリティと照らし合わせ、参入すべき市場、提供すべき価値、パートナーシップを組むべき対象などを具体的に検討します。
応用・活用事例
代替品・補完品分析は、新規事業の様々なフェーズで活用できます。
- 事業アイデア発想: 既存の業界にとらわれず、顧客のジョブやニーズを起点に代替品や補完品の世界を探索することで、全く新しい事業アイデアが生まれることがあります。例えば、「移動」というジョブに対して、自動車や公共交通機関といった既存の代替品だけでなく、自宅での働き方(リモートワーク関連サービス)、商品の配送(宅配サービス)、仮想空間での交流(メタバース関連サービス)なども代替品として捉えることで、多様なビジネス機会が見えてきます。
- 顧客ニーズの深掘りと提供価値の明確化: ターゲット顧客が現在利用している代替品の「不満」や、求めている補完品の「要望」を分析することで、顧客自身も気づいていない隠れたニーズを顕在化させ、自社の提供すべき本質的な価値を定義するのに役立ちます。
- 市場参入戦略の策定: 特定した市場機会に対して、どのような代替品と競争し、どのような補完品を取り込むか、あるいは自ら提供するかといった戦略を具体的に検討します。
- 提携・アライアンス戦略: 補完品を提供する企業や、代替品を提供するプレイヤーの中で協業が有効な相手を見つけ出すために活用できます。
- 経営層への説明: 既存市場の分析だけでは捉えられない、新しい市場の論理や将来的な可能性、なぜその領域に参入する必要があるのかといった点を、顧客視点からの代替品・補完品の関係性を根拠として説明することで、事業計画の説得力を高めることができます。例えば、「当社の新規事業は、既存の競合製品の代替ではなく、顧客が従来手間をかけて代替手段で解決していた課題を、より効率的かつ高品質に解決するものです。また、普及に必要な〇〇といった補完品についても、△△社との提携を通じて顧客価値を最大化できる見込みです」といった説明が可能になります。
注意点・成功のポイント
代替品・補完品分析を効果的に実施するためには、いくつかの注意点と成功のポイントがあります。
- 顧客視点の徹底: 分析の出発点と帰着点は常に顧客です。「顧客が何に困っているか」「何を実現したいか」という視点から、代替品や補完品を洗い出し、評価することが不可欠です。提供側の視点だけでは、真の代替品や必要な補完品を見落とす可能性があります。
- 定義の広さ: 代替品や補完品を考える際に、既存の業界の枠にとらわれず、広く捉える柔軟性が必要です。特に新規事業においては、破壊的な代替品が登場する可能性も常に考慮する必要があります。
- 定性・定量の両面からの分析: 代替品や補完品の利用状況、顧客の評価、市場規模などは定量的に把握することが重要ですが、顧客がなぜそれを選び、何に不満を感じているかといった動機や感情は定性的な分析によって深く理解する必要があります。インタビューや観察などを組み合わせることが有効です。
- 仮説検証の必要性: 分析によって得られた示唆はあくまで仮説です。実際にターゲット顧客にアプローチしたり、プロトタイプを用いたりするなど、様々な手法で仮説を検証するプロセスと組み合わせることが不可欠です。不確実性の高い新規事業においては、この検証サイクルを迅速に回すことが成功の鍵となります。
- 他のフレームワークとの組み合わせ: 代替品・補完品分析は万能ではありません。JTBDフレームワークで顧客のジョブをより深く理解し、カスタマージャーニーマップで顧客の行動や感情を可視化し、ビジネスモデルキャンバスでビジネス全体の構造を整理するなど、他のフレームワークと組み合わせて活用することで、より包括的な戦略立案が可能になります。
- 静的な分析に留めない: 市場環境、顧客ニーズ、技術は常に変化します。一度分析して終わりではなく、定期的に分析を見直し、戦略をアップデートしていく必要があります。
結論:不確実な時代に新たな機会を発見する力
新規事業の成功は、どれだけ深く顧客を理解し、潜在的な市場機会を発見できるかに大きく左右されます。従来の市場や競合の定義にとらわれた分析だけでは、不確実性の高い現代において、見過ごしてしまう機会があるかもしれません。
代替品・補完品分析は、顧客のジョブやニーズを起点に、彼らが利用するあらゆる代替的な選択肢や、価値を高めるために必要とする補完品を体系的に分析する強力なツールです。この分析を通じて、既存市場の常識を超えた隠れた顧客ニーズや、新たなビジネス機会を発見し、自社の提供価値を明確に定義することが可能になります。
貴社の新規事業においても、ぜひ代替品・補完品分析を実践してみてください。顧客の視点に立ち返り、広く多角的な視点で市場を見つめ直すことで、不確実性の高い環境下でも勝算を高めるための確かな一歩を踏み出せるはずです。得られた洞察は、経営層への説得力ある説明資料を作成する上でも、強力な根拠となるでしょう。まずは、貴社が現在検討している新規事業のターゲット顧客の「ジョブ」や「ニーズ」から、代替品・補完品の洗い出しを始めてみることを推奨いたします。